2 レンマ(論法)の構造と自覚の展開

(1)三諦(悟り)有っての四句分別(表現)

 判断というものは、直接判断(存在判断・現量)は別にして、推理に由る叙述判断には、どうしても論理が絡んで来ますが、この叙述判断(比量)や反省判断(思量)の方に四句分別が沢山出て来る訳ですね。

 そうです。叙述判断として出て来るのは横型に使った場合でして、これは仏典には応用型として出て来ます。応用型というのは<亦有亦無・非有非無>の<有・無>の所に有・無の替りに別の<概念を持った単語や熟語>が差挟まれた形の事です。一例ですが

 「(慾念に就いて)前念滅して生ずとせんや、滅せずして生ずとせんや、亦滅亦不滅にして生ずとせ んや、非滅非不滅にして生ずとせんや」(『止観』)

の様に比量を求める論理として使われています。反省判断として出て来るのは原型の四句分別そのものでして、思量を求めて反省→自覚の縦型に用いられて出て来ます。これは反省論法であって論理学論理ではありません。この縦型用法の開創者は釈尊だ・と思います。

 その辺の事情が仏典かインドの史書にでも明記されていたら大いに助かったでしょうね。でもそういうのは一つも無いので困ります。

 元々四句分別は論の形式の一つでして、外道も大いに使っていた世間の言説ですし、仏教でも最初から従来の横型の形式としてどの経文にも使われていますし、アビダルマ……有部などでも大いに使われていたのですが、それを縦型化して徹底して使っているのが竜樹です。縦型使用の始祖は勿論釈尊です。

 私が初めに幾ら読んでも『中論』が解らなかった訳がそこに有りました。というのは四句論法から来る主張を論理学の演繹法等や弁証法などで消化(こな)そうとしたからで、四句分別を四句分別それ自身として見れば今度は判って来るのです。

 竜樹と四句分別との繋がりは常識として多く指摘されて来ましたが<自覚の為の反省縦型用法>という事は言われていなかった様です。

 竜樹の『中論』を能く見ると判るのですが、彼は全ての議論で、小乗や外道の欠陥を露わにして見せるのに、常に<空>で戦っているのです。という事は、内心に持っている反省思量の<仮→空→中>を主張しているのです。四句分別という論法を主張しているのではないのです。空仮中の形式表現として四句に分別するのです。

 してみますと、空仮中の三諦有っての四句分別で、四句分別が有ったから空仮中の三諦を悟る事が出来るのだ・と思うのは逆様です。悟ったから悟りの内容を、世間の言説である四句分別を用いて、然も横型使用ばかりではなく、加えて従来とは異る縦型に用いて、衆生へ悟りの内容を伝達する・という事です。

 これを結果から言えば、四句分別は<化他に用いた説明のオルガノン>だ・という事です。然も聞いた衆生の方は、自覚への修行の<自行用・反省のオルガノン>として<縦型に>も使える・という事です。

 今のそこの話……「空仮中の三諦有っての四句分別で、四句分別が有ったから三諦を悟る事が出来たと見るのは逆様(さかさま)だ」という点に就いてですが、末木先生は「尤もである、賛成である」との御意見でしたし、或る先生は「どうしてそう言えるのか、論証すべきである」との御意見で、私には「四句分別という手懸りが無かったら空仮中は悟り様が無いではないか」という風に聞こえました。これは<使用>と<形式>との関係論に成ります。

 尤もなお話です。これは私の言葉が足りませんでした。この件に就いてはまず、釈尊の場合と竜樹その他の人の場合とを分けて言うべきでした。両先生の御意見は正反対の様ですが両方共正しい・と思います。以下に追加して申述べます。

 まず仏様の場合ですが、三十成道以前は広く外道の諸師を訪ね歩いて所説を聞き、難行苦行を続けた・と在ります。そして身体が消耗して、牛飼い娘が捧げた牛乳を飲んで菩提樹下に端坐し、明星が出た早朝に豁然大悟した・と伝えられています。

 この即座開悟以前の苦行時代には、一つには・四句分別に由る様々な思索を重ねた・と想像されます。所がまだ悟りは開けなかった。そこで外師の法門も捨て苦行も捨て菩提樹下に即座開悟した。この<座>を後人が<金剛宝座>と名付けました。無師独悟です。何を悟ったか・と言うと<根源の仏種>を悟った。自分が如何なる自然法(じねんぼう)――この法は<知る法・智法>であって<在る法・境法>ではない――に揺り動かされて上求菩提の菩薩行という因行を開始する様に成ったのか・というその天然不動の<知る法>……<妙法>を<実存>として悟った。仏に成るべきその根源の種子を体得で悟った。この種子は「宇宙の根源の実在」などでは決してありません。

 悟ってみれば自分が久遠以来・元々・無作本有の仏であった事が判った……ここが因行に対する果徳・詰り仏果です。この仏果の所は言語道断・心行所滅の<境智>で、不可思議(思議では届かない)不可得(分別の力では得られない)だ・と経には述べられております。所得の法は「不思議一法」とも申します。境智一如の一大智法です。

 端坐菩提樹下で為(し)た事は、概念操作ではなくて、我が心と取組んで(内観して)いたのです。心(智)で心(境)と取組んでいたのです。それと共に、我が心身が現に只今働きつつある世界・宇宙という生活法界(この頂上が天界)と取組んでいたのです。知る法にせよ在る法にせよ、自然法は、理化して文字で表せばカサカサ無味乾燥に成ってしまいますが、身体で触れている時には脈躍として心身と交流して来ます。これは<実存>です。そして天界を突抜けた時に悟りを得ました。

 遂にはこの自然法は身体(及び心)と一体化してしまいます。そこでここを<体得>と言う訳です。この時この場面では、仏様は四句分別などへの執著など全く無くて刹那開悟している訳です。詰り・悟りに就いては、「不分別ではない」にせよ・四句分別は何の役にも立っていなかった訳です。全く念頭に無かった・という事です。

 次いでこの悟りを言語として釈尊が思返してみると、空仮中とか何とか、各種の言説面が心行として心の中に湧出た・事と思います。ここが化他面の心行・建立面の心行及び言語です。双照の分別です。自行の時には遮断されていたものが、悟ってみると又自然に生返って出現して来た。再出現しても少しも自分を束縛していない。こういう形で湧出た。

すると空仮中と四句分別とが自然に結付いた。結付いてみると極めて妥当で欠減する所が無い。そこでその様に(縦型に)用いて衆生へ伝える事を開始した。……大体の事情は以上の通りですから、末木先生の御意見は誠に御尤もだ・と思います。有難い事です。

 では或る先生の御意見の方に就いては如何がですか。

 竜樹や各論師人師に成りますと、仏様の場合とは事情が違って参ります。竜樹は大衆部後の大乗運動の人達に対しては教主釈尊の代理者の地位に居ますが、端坐菩提樹下刹那開悟をした訳ではありません。釈尊の仏説に依って開悟した人です。

 そして彼が拠った仏説諸経には、仮やら空やら中やらが色々多様に説かれていて、それが四句分別を通じて示されていた訳です。ですから<非有非無=空>である事を確認出来た訳でして、或る先生の御意見はこの局面に就いての御提言であった・と思います。極めて正しく御親切な御意見です。御礼を申し上げたい・と思います。

 以上を纏めてみると、四句分別は、論の形式として横型には外道も仏教徒も誰でも使っていたが、彼等は反省自覚の為の論法としての縦型には使っていなかった・というのですね。

 してみますと、<縦型に就いては空仮中の三諦の上でしか使わない>という・原型四句分別の<使用ルール>が暗黙裡に守られているのです。論理・論法で悟ったのではなくて、悟ったから四句分別という論法が自由月在に使える。これは当り前でしょう。お釈迦様からしてそうだったのですから……。この<四句分別の使用ルール>というのは大事な点ですから、縦型は三諦の上でしか使わない・という事を常に念頭に置いて頂きたいのです。<使用>有っての<形式>です。


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